第11話 決戦! VSヘビー・ボア! |
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第12話 月夜に現れし者(前編) |
第13話 月夜に現れし者(後編) |
少女はここ最近、自分が夢を見ていることに疑問を抱いている。 見る夢は昔の夢。自分が人形同然に人殺しを命じられていた頃の記憶。 そしてそれ以前の記憶。 出てくるのは決まって自分と自分が叔父様と呼んでいた男、ノーヴァス・グラヴァンだ。 『どういうことだこれは!? あの娘がいないではないか!』 『しかし、現にこうして鎖には繋いでいました。逃げられるはずがありません!』 『ならばどういうことなのだこれは! 研究対象が変身でもしたというのか!?』 『…………』 少女はそのやり取りをただ見つめている。 この時彼女は自分が何者なのかまったく理解していなかった。否、今も理解していない。 気がつけば人を殺すことを命じられていた。そしてその通りに動いていた。自分には人を殺す力がある。しかし、なぜ自分がそんなことをしているのかわからなかった。 そんなある日。零児が彼女を助けてくれた。 人を殺すために使っていた力を別の方向に使う。その使い方は今も模索しながら、彼女は自分が助けられた時同様に多くの人を救う力になりたいと思う。 しかし、そう思いながらもなぜこんな夢を見ているのか彼女は不思議でならなかった。 ――もう、思い出したくないのに……。 頭がズキズキする。 聞いたことのない声が聞こえる。 自分を罵る……女の声。 ――貴方は誰? あなたはだれ? アナタハ……ダレ……? 「……!」 ヘビー・ボア討伐の翌日。 その朝。誰もが既に働いている時間、シャロンは目が覚めた。額に脂汗をたっぷりと浮かべながら。 しかし、今はまだ夏ではない。夏と呼べる季節になるのはまだ2ヶ月ほど先だ。 「…………」 自分が寝ていた部屋には他にも火乃木、アーネスカ、ネレスの3人分のベッドがある。しかし、誰一人今はいない。いるのは自分だけ。それだけ寝ていたということなのだろうか? 「…………おきなきゃ」 着替えを済ませ階下に向かう。きっと自分の仲間が誰かしらいるに違いない。そう思ったからだ。 エストの町の宿屋。その1階の食堂にはネレスと火乃木がいた。 「あ、シャロンちゃん! おはよう!」 黒髪の少女、火乃木が明るくシャロンに朝の挨拶をする。 「……おはよう」 眠そうにシャロンは火乃木に反した。 「もう10時だよ? 寝不足ってことはないと思うけど……」 シャロンの姿がどうにも寝不足気味ではないかと思ったネレスはシャロンにそう問いかけた。 「ううん……。夢を見てただけ……」 「夢?」 「うん……それだけ……十分寝てる」 シャロンが常に寝不足気味に見えるのはいつものことだ。 「零児達は?」 この場には彼女の仲間である鉄零児《くろがねれいじ》とアーネスカ・グリネイドがいない。そのことが気になってたずねてみる。答えたのはネレスだった。 「2人なら、ルーセリア王から直々に呼び出しをもらって、今エストの町の大講堂にいるよ。昼頃には帰ってくるって言ってたから、私達はのんきにこうして過ごしているってわけ」 「王様から?」 「そう」 「レイちゃんとアーネスカがジルコン・ナイトに選ばれたってことなのかな?」 「さあ。それについては帰ってきてから2人の話を聞けばわかることだから、私達が考えたってどうしようもない問題だよ」 「……」 シャロンは何を考えているのか分からない表情のままテーブルにすわった。 「よかったわけ零児? あんたなら楽勝でジルコン・ナイトになれたでしょうに」 「ああ、俺に必要なのは称号でも名誉でもないからな」 一方その頃。アーネスカと零児はエストの町の講堂から自分達が寝泊りしている宿屋に向かっていた。周りには商店街が軒を連ね中々繁盛している。 ヘビー・ボア討伐作戦終了後、零児とアーネスカ、他十数名の人間がジルコン・ナイトたる資格を持つ者として王に選ばれた。 今回呼び出された理由は、ジルコン・ナイトになる意思の確認だった。もしここでジルコン・ナイトになる意思を表明した場合王宮のコロシアムにて試合と言う形でさらに実力を持つものを選定することになる。 しかし、零児もアーネスカもそれには断ることにした。 2人とも旅をする身だ。王宮のお抱え騎士になるつもりは毛頭ない。はっきりそれだけを伝え2人は講堂から帰っているところだった。 「お前だって俺と同じだろ? お前は人間と亜人の軋轢を無くす。その目的のために俺達と旅をしているのだからな」 「まあね」 「そんなことより、今後のことを考えようぜ。ヘビー・ボアがいなくなったってことは、もう通れるんだろ? あの橋」 「ええ。明日辺りには向かう予定よ。トレテスタ山脈を越えて、エルノク国へ向かうわ」 会話をしているうちに、2人は自分達が泊まっている宿の前にたどり着いた。その扉を開けて、自分達の仲間を探す。その一角にネレスとシャロンの2人がいた。 「ただいま」 「お帰り〜」 ネレスがのんきそうに答える。ネレスとシャロンの2人はなぜかトランプで遊んでいた。 「火乃木はどこに行ったんだ?」 「火乃木ちゃんなら、自室で魔術の勉強するって言って部屋に閉じこもっちゃったよ。私達は暇つぶしにトランプをちょっとね」 「ふ〜ん」 零児は興味なさげに答えた。 「勝負……」 その途端シャロンが突然そんなことを言った。 「お、いいよシャロンちゃん。その勝負乗った!」 ネレスもそれに乗って、自分の手札を公開する。どうやらやっていたゲームはポーカーのようだ。 「フルハウス……」 「3ペア! ってうわぁ……また負けた。シャロンちゃん強いなぁ〜」 「またってことは負け越してるのか?」 「シャロンちゃんって結構強いよ。クロガネ君もやってみる?」 「いや……俺はいい」 零児はカードゲームはどちらかと言うと苦手な方だ。シャロンのポーカーフェイスには勝てる気がしない。 「アーネスカはどう?」 「あたしも遠慮しておくわ。そんなことより今後の予定なんだけど……」 言いながらアーネスカと零児は空いている席に座る。 「明日いつもの通り食事が済み次第、トレテスタ山脈を目指そうと思うんだけど、2人ともそれでいい? もし、買い物とかがあるんなら今日の内に行っといて欲しいんだけど」 「荷車に積んでる食糧は大丈夫なの? トレテスタ山脈は結構大きいから、その間の食事くらいはしっかり用意しておかないと……」 「だな。何せ5人分の食糧だ。それなりに量も必要だし、水の問題もある。山菜の類が見つかればある程度食費は浮くだろうが、今度は腐らせてしまう可能性も出てきてしまう。町から町へ移動するなら、ルーセリア内ではさほど時間がかからなかったが、山越えとなるとな……」 「う〜ん……」 アーネスカが腕組をして思考する。金にしろ食糧にしろ有限だ。無駄遣いは出来ない。気温も暖かくなってきているから零児の言うとおり、食糧を腐らせてしまう可能性もある。それはもったいない。かといって適切な量を確保しなければ相対的に無駄遣いになってしまう。 「今後のことを考えて食事のプランと、無駄がないかどうか考える必要がありそうね」 「そうだな。親元にいた頃はよく料理もしていたから、食糧の買出しには俺が行こう」 「片手じゃロク買い物できないんじゃないの?」 確かに右手しか存在しない零児ではあまり多くの食糧を一度に持ってくることはできない。 「私も行く……」 その時、今まで会話に参加していなかったシャロンが言った。 「私が零児の手伝い……する」 いつも無表情に見えるシャロンだが、こんなときだけは感情が見て取れる。シャロンは零児の役に立ちたいと本気で思っているのだ。 「う〜ん。あんた達2人じゃ……なんとなく心配だなぁ〜。どの道荷車ごと一緒に移動しながら食料突っ込んでいかなきゃ行けないし、あたしもいくわ」 「……」 「な、なによその目……?」 シャロンはどういうわけかアーネスカを睨みつけている……ように見える。 「いやほら、シャロンちゃんてさ……」 言ってネルはアーネスカに耳打ちする。それを聞いてアーネスカは。 「あ〜なるほど」 と答えた。 「まあ分からなくはないけど、2人とも馬連れて歩けるの?」 言われて零児とシャロンは首を横にふる。2人とも馬を上手に扱う術など知らない。 「シャロン。気持ちは分かるけど、それならあたしがついていかないわけにはいかないわ。どれだけお金使うのかのチェックもしなきゃいけないからね。だからあたしとシャロンと零児の3人で明日以降の食糧の買出しを行う。文句は言わせないわよ?」 「……分かった」 シャロンは渋々納得した。 「ネルはどうするの? この後大分暇が出来るんじゃないの?」 「私は適当に体動かしてるよ」 「OK。じゃあとりあえず昼食にしましょう」 その後エストの町にて零児、シャロン、アーネスカの3人が買い物を行い、食糧の買出しはすんなりと終わった。 そしてその夜。 零児達が泊まっている宿にて。何者かが目を覚ました。 「あ、アレ……?」 若い女。いや少女だ。セミロングの髪の毛は不自然なまでに緑色、月明かりがそのエメラルドグリーンのような髪の色に反射して淡い光を放っている。肌の色は褐色。どことなくトロンとした金色の瞳。幼い容姿。 シャロンと並んで特徴の多い容姿をしている。 その姿はあまりにも神秘的であった。 しかし、その神秘的な容姿は服装のせいで、今は野性味を帯びていると言うべきであろうか。 赤茶色の麻の服。へそと太ももは露出しており、赤茶色の服がより野性味を増長させている。 「あ、あたし……」 少女は自分の右手をあげて、その手の平を見る。 「出られた……ア、ハハ……アハハハハ……」 笑顔がこぼれる。思わず笑ってしまう。だっておかしい。 悪夢を見続けてきた。辛い現実ばかりだった。 しかし、今は違う。今彼女は自ら自由に動かせる肉体を持っている。 それだけのことなのに嬉しくて仕方がない。 「やった……あたしは……やっと……」 涙が溢れる。嬉しくて自分が泣いている。 「う、うぁぁぁぁぁん……。う、うぅぅぅぅ……あぁぁぁぁん……」 たっぷりと泣く。今までの苦しみから解放されたことへの歓喜だった。 「うう……ハァ……ハハ……」 感傷にひとしきり浸ってから彼女は自分の思う目的のために行動を開始する。 その行動とは。 ――レイジに合いたい! 彼女は自分が寝ているベッドから飛び起きて、部屋から出る。 そして宿屋のどこかにいるであろう零児の姿を探し始めた。 「レイジ……?」 ずっと願っていた。零児に合うことを。零児の声を直接聞くことを。 零児の部屋は分かってる。 問題は鍵。開いていれば問題ないのだが……。 「あ、開いた……」 零児の部屋の扉は鍵がかけられておらず、すんなり開いた。 零児の無用心さに普通なら驚くところだ。しかし、少女は素直にそれを喜ぶ。 ――きっと神様があたしのために空けてくれたに違いない! そう、彼女は無邪気であり、純粋だった。 零児の部屋に一歩一歩踏み入れる。そしてベッドの上で寝息を立てている零児の姿を見つけた。 「レイジ……」 零児が目の前にいる。夢でも悪夢でもなく目の前にいる。それだけなのに、この胸に去来する暖かさは一体なんだろう。 「やはりお前だったか」 「……!?」 そんなときだった。 今まで一度も聞いたことのない声が聞こえた。 「行くぞエメリス」 「エメリス? それが……あたしの名前」 「なんだ……記憶がないのか?」 「……あたしは……自由だ!」 男は残酷にエメリスと呼んだ少女に告げる。 「違う……。お前に自由などない」 「……!!」 「自らの人格を封じて今までその姿を晦《くら》ましていたようだが、俺の目はごまかされん。お前の力は零児と供にあるのは勿体無い」 「あたしは……もう誰にも縛られない! やっと自由になれたんだ! レイジにやっと合えたんだ! 邪魔を……するな!」 「ならば痛い目にあわせてでもお前を連れて行く!」 その瞬間、暗闇の中で男の左目が赤く光った。 ――あの目を見ちゃいけない! エメリスと呼ばれた少女は直感でそう思い、零児の部屋のガラスを突き破って外へ出た。 ガラスがあたりに飛び散る。そして同時に零児も目を覚ました! 「な、なんだ!?」 脊髄反射的に起き上がる。すると見知らぬ男と割られた窓ガラス。状況がさっぱり零児にはわからない。 「逃がさん!」 男は即座に走り出し、エメリス同様割られた窓ガラスから外へ出た。 「なんだ……。何が起きてる!?」 零児は起き上がり割られた窓ガラスから外を眺める。 誰もが寝ている時間、誰も歩き回らない時間。そして、その中にあって2人の影が睨み合っていた。 「どうしても来る気はないか?」 「ない」 男は今一度エメリスに問う。しかし、彼女の答えは拒絶でしかない。 月明かりに照らされ男の容姿がはっきり見て取れた。 ボロボロの布をマントにし、右頬に赤い縦長のアザがある黒髪の男だ。髪の毛は肩口で切り揃えられている。細身であり、その右肩には死神を髣髴とさせる鎌を持っている。 何より特徴的なのは右目が茶色、左目が赤色であるということで、いわゆるオッドアイという奴だ。 「なら、死なない程度に刻んでやろう。覚悟することだ」 「そっちこそ……あたしの力バカにしないでよ」 お互い睨みあう。先に動いたのはエメリスのほうだった。 エメリスは左手を男に突き出す。そして何も唱えることなく強烈な光を発生させた。 それは言わば光の柱。ただ魔力の塊をぶつけるための乱暴な力だった。 男はそれを紙一重で交わし、自らの鎌を持ってその光の柱を両断した。 「……!!」 鎌は容赦なく光の柱を両断しつつ、男はエメリスに接近していく。 そして、鎌の刃が立っていない部分で男はエメリスの腹を殴りつけた。 「ブッ……うぁ……」 そして、そのまま壁に叩きつけられる。 「うぁ……あ……ゲホッ……ゲホッ……」 胃液が逆流する。鈍く、しかし強烈な痛みが腹部を駆け抜ける。 「うああん……いたい……いたいよぉぉぉ……!」 腹を抱えてそのまま泣き出す。涙が一気にこぼれ出る。 たった一撃。腹を思いっきり殴られただけ。しかし、女の子が受ける苦しみとして、それはあまりにも大きかった。 「泣けば許されるとか、思ってるわけじゃないよな?」 「……ぁぁ……ぅぅぅ……」 男はエメリスの髪の毛を掴み上げて無理やり立たせる。 「ガッ……!」 「いい声で泣くな……。殺してやれないのが惜しい」 「なんで……なんで……あたしばっかり……こんな目にぃ……」 「そうだよなぁ……人間に生まれることが出来ていればこんな目にも合わずにすんだのになぁ……」 「うっ……ひっく……うう」 「ったくよぉ。めんどくせぇな女ってのは……ガッ!?」 男がつぶやいていたその時だった。 赤い光弾が男の背中を直撃した。 ボロボロのマントが燃え上がり、男は掴んでいたエメリスの髪の毛を放し、大きくその場からふっとんだ。 「こんな真夜中に女の子に何してんだよ」 そこにいたのは零児だった。零児の『光弾 赤星』が男の背中を直撃したのだ。 零児は急いでエメリスの元へ駆け寄る。 「大丈夫か!?」 「あ……レイジ」 エメリスは零児の姿を確認すると即座に零児に抱きついた。 「え? ちょっと……」 「うわぁぁぁぁぁぁあああああん!! レイジ……レイジレイジィィィィイ!」 エメリスは零児の胸の中で泣く。泣くことで恐怖も苦しみも何もかも消してしまいたかった。 「うううう……ああうううう……」 「……」 少なくとも零児はエメリスのことを知らない。だが、エメリスは零児のことを知っている。一体それはなぜなのか。 「出会い頭に背中に1発とは……随分礼儀知らずになったなクロガネ」 考える間もなく、男は立ち上がり零児と対峙する。 「下がってろ」 零児はエメリスにそう言って男を見る。 「俺を知ってるのか?」 「ああ、よ〜く知ってるぜ。思い出せないか? それとも7年経てば忘れるものか? 殺した相手のことを」 「殺した?」 確かに過去に多くの人間を殺した罪が零児にはある。しかし、殺した人数や殺した人間の顔や声までは流石に覚えていない。だとしたら遺族となった男が復讐のために零児と対峙しているのか。 が、それではエメリスと言う少女に手をかける必要性を感じない。 つまり、零児の知らないところで何かが起こっているのだ。 零児は根本的かつ基本的なことを男に質問した。 「殺したと言うが、死んだならこうしていないんじゃないのか?」 「い〜や。間違いなくお前は俺を殺したよ。だから今お前をぶっ殺したくて仕方がない!」 「……! もしかして……! ジストか?」 男は名を呼ばれその口元を醜くゆがめた。 「そうだ! 7年前造反したお前に殺されたジストだ! 思い出したようだな!」 「馬鹿な! なぜお前が生きている!?」 零児の頭は既に混乱し始めていた。 零児の目の前にいる男。零児にはその男、ジストを殺した経験が間違いなくあるのだ。記憶にも存在している。 しかし、その男が今目の前に存在している。 つまり矛盾しているのだ。 「俺が偽者だと思ってもらっても結構。だが、そう思うのは俺と戦ってからのしてもらおうか。俺はお前に復讐するためにこうして現れたんだからな!」 「……」 「お前は今日、ジルコン・ナイトの説明の際、王に言ったなぁ……。俺達は人間と亜人の軋轢《あつれき》をなくし、平和な世界を作ると。そのために旅をするからジルコン・ナイトにはなれないと……」 確かにそれは今日、ルーセリア王に言った台詞だ。もっとも零児とアーネスカ以外の人間はその目的に対し信じられないというような表情をしていたようだが。 「お前にそんなことは無理だ。お前は罪を重ねすぎた……。数多くの人間の屍の上に生きているお前に、世界を平和に導くことなど出来ることか!」 「うるせぇ! たとえ俺の代でそれが出来なくても、たとえ俺1人でそれが出来なくても、戦う以外にないんだよ! 俺には他に自らの罪を償う方法が思い浮かばないからな!」 「クックックック……罪を償う? ハッハッハッハッハッハ!」 ジストはある程度含み笑いをした後、さらにことさら大きく笑った。 「何が可笑しい?」 「ムリだムリ! お前が罪を償いたければ、死ぬ以外ねぇよ!」 「……!」 「死ぬことが怖いか? ならば俺が今この場で殺してやるよ!」 直後ジストは巨大な鎌で零児の首をかき切ろうと接近する。 「レイジ!」 エメリスが叫ぶ。零児はその攻撃を紙一重で回避し、一歩その場から退く。 「……」 「チキンだなお前。アレだけ人間を殺しておいて死ぬ勇気もないか」 「死ぬことは……罪滅ぼしに繋がらない」 「口でならなんとでも言える! だが、それを証明することは容易ではない!」 再びジストが構える。構えたのは零児も同様だった。 「死ねぇクロガネエエエ!」 再びジストが跳んでくる。零児は右手から剣を一本作り出し、その攻撃を防御した。 「俺は確かに罪を犯した。だが死ぬことでその償いをするつもりはない! 俺は誓ったんだ! その償いのために、人間と亜人の軋轢をなくすために、人生をかけて挑むと!」 「そうかい! ならば今、この俺を退けてみろ! 俺はお前に容赦しない!」 言ってジストが一歩退き、構えなおす。 「見せてみろよ! お前の覚悟とやらを!」 「ああやってやる! 俺は口だけじゃない! 俺は自分の人生をかけてこの目標を叶えてみせる!」 零児は自らが生み出した剣を改めて構える。 お互いに睨み合い、隙をうかがう。 動いたのはどちらが先だったのか、どちらもそれは分からなかった。恐らく同時であろう。 鎌と剣。2つの刃が交わる。同時に零児は剣をひき、間髪入れず鎌に切りつける。 『うおおお!』 咆哮をあげながらお互いの刃が幾度となく弾けあう。 「人を殺すことをやめ、償いのため死ぬ勇気もないお前に、死ぬ以外の方法で償いなど出来るものかぁ!」 ジストの鎌が横に薙ぎ払われる。零児はそれを跳躍で交わし刃を縦にまっすぐ振り下ろす。 ジストもまたそれを交わし、その場で1回転し、今一度鎌を右に薙ぎ払う。そして零児はそれを受け止めつつ、ジストを睨み付ける。 「確かに俺は、自分で死ぬ勇気なんかない! そういう意味では俺は本当に罪の意識があるのかを疑う者だっているかもしれない! だけど……そんな俺にも守りたいものがある! 仲間達の笑顔を、火乃木の笑顔を!」 剣で受け止めたジストの鎌。零児はその状態を維持しつつ、ジスト目掛けて頭突きをかました。 零児とジスト双方の額に痛みが走る。 「ぐっ……何!?」 鎌に加わっている力が一瞬抜ける。零児はそこから右足で腹部に蹴りを叩き込み距離を空ける。 肩で息をしながら零児はさらに口を動かす。 「俺は迷ってばかりかもしれない。だけど今は……今だけは仲間達のために、そして自分の目標のために全力を注ぎたい! たとえ迷いながらでも前に進みたいんだ! だから俺は死ぬわけにはいかないんだ! たとえ、偽善や、人殺しの謗《そし》りを受けようとも!」 「……反吐が出るぜ……」 ジストは言って赤く光る眼《まなこ》で零児を睨み付けた。その瞬間、零児の動きが止まった。 「……! 動けない……。これは……魔眼《まがん》!?」 零児は右手で剣を構えた状態で体が動かなくなる。いくら力を入れようにも力が入らない。 「青臭い理想論や、弱者の理論で、自分を正当化しようとするなぁ!」 ジストは再び零児に接近する。今度こそ鎌でその首を切り裂くためだ。 ――弱者の理論だと……? 俺は……俺の言ってることは……弱者の理論や青臭い理想論でしかないというのか……? 零児の首にジストの鎌が迫る。 「レイジをいじめるなぁああああああああああああ!」 その時、今まで観戦していたエメリスが叫んだ。そして左手から強烈な衝撃波を発生させた。 「な、何!?」 完全にエメリスのことを忘れていたジストは意表を疲れ、目に見えぬ巨大な衝撃波によって後方に大きく吹っ飛ばされることとなった。 「うあああああ!」 2度、3度と地面に激突する。だが、ジストが立ち上がるのは早かった。 「おのれ、エメリスゥ!」 しかし、ジストが憎悪の念を抱きエメリスを睨み付けている間、零児が一瞬にしてジストの懐に潜り込み反撃を開始した。 「貴様!」 「おおおおお!」 まず右の拳で腹を1発。続いて今回2発目の頭突きをかます。 「ぐっ……」 「まだだぁ!」 零児の渾身の一撃、下から上へ向けてのアッパーがジストのあごを捉えた。 「ぐうううううぁぁぁ……」 幾度か後方へ下がり、ジストがひざを付く。 「クッッッグウウ……」 「……お前になんと言われようとも……俺は進む。今の俺には他に……何もないからな……」 「一生ほざいてろ! ……今回は退いてやる! 必ず……お前に復讐を果たしてやるからなぁ!」 吐き捨ててジストは、暗闇の中、建物の影の中に入り込むと同時にその姿を消した。 「……俺は」 零児はそれ以上を口にしなかった。ただ心の中で思うだけだった。 ――俺は……どうすればいいってんだ? 人を殺すとは? 弱者の理論とは? 理想論とは? そして罪を償うとは? 様々な疑問が頭の中で反芻《はんすう》しつつ、零児はエメリスという少女の元へと駆け寄った。 |
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